内田樹さんと白井聡さんの対談「日本戦後史論」を読んでのメモです。
なるほどと思ったり、ええそうなのかとたくさん気になる箇所はあったのですが、なにせ対談ですので、話は前後しますし、論点が深まらずに言いっ放し(笑)のところも多く、とりあえず気になるところを引用しておこうと思います。
ポイントは、
- 日本は敗戦の総括ができていない
- 日本の戦後は、敗戦を否認し、天皇制をアメリカに置き換え、あるいはアメリカに従属することで自立を目指すという矛盾を抱えている
ということのようです。
内田氏は哲学者ですし年齢もあるのでしょうか、悟ってしまっているようなところがあります(笑)。(実際にそうなのかもしれませんが、)戦前の軍部の台頭を戊辰戦争や奥羽越列藩の怨念に求めたり、諸行無常で安倍晋三の自滅願望を語ったりと、この辺りの話は結構面白いです。
白井氏は「永続敗戦論-戦後日本の核心」*1で注目を浴びたレーニン研究者で、
白井:たとえば、CIA のエージェントだったという正力松太郎について、「むかつくけど、『まあしかし、この親父やっぱり腹は据わっているよな』」
かつての自民党の議員秘書には、左派党派出身者が多くいたという話を聞いたことがあります。それこそ「革命運動をやっていたなんて元気があって大いに結構じゃないか。その元気を活かしてもらおう。」という姿勢です。(27p)
などと、いわゆる英雄譚を喜ぶ子供みたいな、「かつての支配層には自信があった」などと語っているところもあり、ちょっと若いかなという感じです。
戦後史を見直す必要性
内田:どこでも敗戦国のナショナリズムはねじくれたものになってします。(略)それは、「戦争を始めて、さまざまな戦争犯罪を犯し、あげくに負けたときの国のかたち」を肯定することに心理的抵抗が働くからです。でも、ナショナリズムが成り立つためには、自国のしたことについては、それが恥ずべき犯罪であっても、人類史上に誇るべき貢献であっても、等しく受け容れることが必要だと思うんです。すべての国家的事績を「わがこと」として受け容れる国民だけが「すっきりしたナショナリズム」を享受できる。(30p)
内田:戦後日本はそのような(イタリアのバドリオ政府の講和についての内田氏の評価が前にあって)リアリスティックな戦争経験の評価を行うべきだったのです。(33p)
2013年に広島で行われたオリバー・ストーン監督のスピーチについて
内田:アメリカの映画監督のオリバー・ストーンが「日本はアメリカの衛星国(satelite state)であり、従属国(client state)である」と断言しました。(にも関わらず)このスピーチを日本の新聞はどこも報道しませんでした。(略)無視した。そんな話は「なかったこと」にしようとした。世界中の国が日本はアメリカの属国だと思っていて、日本だけが自分は主権国家だと思っている。(略)全て70年前の敗戦の総括ができていないことに起因するのだろうと僕は思います。(36p)
このスピーチですね。4分10秒ぐらいです。
内田:戦後日本の国家戦略は「対米従属を通じて対米自立を果たす」という大変トリッキーなものでした。(略)ある日大旦那さんに呼ばれてこう言われる。「お前も長いことよく忠実に仕えてくれた。これからはもう一本立ちして自分の店を持ちなさい。(略)」そういう展開を日本人はアメリカに対して期待しているのです。政治家も官僚も学者もメディアも。みんなそう信じている。 (39p)
鈍化する日本
内田氏には、2014年5月3日に護憲集会に呼ばれて講演する予定あったそうなのですが、神戸市と教育委員会が後援しないと言ってきたそうです。この件について、なにか大きな圧力があったわけではないだろう、あったとしてもせいぜい地方議員が脅しをかけたくらいだろう、と述べた後、
内田:(それを現場の役人が)「お上」はこういう人間をきっと嫌うに違いないというふうに「忖度」して頼まれてもいないことをする。こういう「忖度する小物」たちが今では日本の政治機構を機能不全にしている。(略)自分の考えではないから、それに対して責任を取る気なんかない。(略)責任は「上の人」にある。「上の人」はそんな指示を出した覚えがないわけですから、もとより責任を取ることなんかしない。つまり「忖度システム」が作動し始めると、機構の中のどこにも責任者がいなくなるのです。(102p)
日本人のアメリカに対する愛憎のねじれと自滅願望
この本を読む限り、お二人とも安倍晋三の幼児性や危なっかしさに相当な危惧を持っているようです。それがあってこの本が成立しているところもあり、当然なんですが。
内田:安倍首相の「戦後レジームからの脱却」路線はどこか破局願望によって駆動されているという印象を僕は抱いています。(121p)
その後続いて、尖閣列島を例にあげて、
尖閣で軍事衝突が起きる
↓
安倍首相は国家安全保障会議招集
全情報を特定秘密に指定
報道管制
↓
NHK が大本営発表
↓
戦争が既成事実化
↓
(お二人のような)反戦的言動は好戦的メディアに袋叩き
といったことも想定でき、安倍晋三は、日本を破滅させる自己破壊願望、破局願望に駆り立てられているのだと述べています。
また、内田氏は、日本人のアメリカに対する感情はねじれているとして、小泉純一郎を例にとり、
内田:小泉純一郎というのは横須賀の人なんです。かつて大日本帝国海軍鎮守府があった軍港ですよ。それまで小泉少年が頼もしく見上げていた日章旗が、ある日から星条旗に代わった。この変化を正当化するために、その世代の日本の少年たちの一部は「アメリカと日本は一体だ」という不思議な物語を作り出すことで解決しようとした。(略)僕は小泉純一郎が典型的に示していた「アメリカへの過剰な同一化とその底に潜むアメリカへの敵意」は戦後日本人の琴線に触れるもののような気がするんです。(140p)
内田:安倍さんの「戦後レジームからの脱却」がある種の人々の暗い情念に点火するのは、その自己破壊衝動に共感している日本人が多いからでしょう。「こんな国、一度壊れてしまえばいいんだ」という自棄的な気分は右左を問わず、多くの日本人に共有されていると感じます。
(略)
「こんなもの全部滅びていまえばいい。そうすれば、人間が本当にあるべき姿が現れてくる」というシニカルな気分が嵩じてくる。カタストロフ願望というのは、日本の伝統的な無常観に根を持つものかもしれません。それまで営々として築き上げてきたものが全て灰燼に帰して、「俺たちがしてきたことは、いったい何だったんだろう…」と茫然自失して、諸行無常を感じること。それこそが人間としてあるべき本然のかたちではないのか。そういうふうな心性って、日本人の中にはあるんじゃないですかね。(159p)
安倍晋三の幼児性
白井:アメリカ軍のやる戦争にどこでも付いて行かなくちゃならないとなると、(略)自衛隊員から犠牲者が出ることになる。その棺に日章旗が被せられて羽田に帰ってくる。そこで首相として沈痛な面持ちでスピーチしてみたい。(略)テロとの闘いの必要性だの、大国の責任だのともっともらしいことを言いますければ、本当にやりたいのはこれでしょう。(130p)
アジアでの孤立
内田:後ろめたさはあると思いますね。「何で俺たちが韓国に謝罪しなきゃいけないんだ」っていう気持ちが。 俺が始めたわけでもない戦争の責任をどうして俺が問われなくちゃいけないんだって、本気で思っている人たくさんいますから。でも、国民国家ってある種の連続性があるもので、連続性がないと立ちゆかない。
(略)
こちらが謝ると、「おう、だったら誠意を見せろよ、誠意」というようなヤクザのようなことを言う人なんか僕は一度も会ったことがない。(略)僕は死者たちが犯した罪を同国民であるかぎり、引き受ける義務があると思うから、謝る。僕はそれが当然だと思う。(185p)
内田:ここに来て中国に対しても、韓国に対しても、強い競争意識を持ってきてますね。(略)基本には強い親近感がある。言語でも、宗教でも、食文化でも、価値観や美意識でも、中国、韓国とは近いものがあることを感じている。感じているからこそ、彼らが進出してくると相対的に自分たちの割り前が減るんじゃないかという不安を感じる。アメリカ人がいくら偉そうにしても、フランス人がいくら金持ちになっても、日本人は別に激しい反発をしないと思うけれど、同じアジア人が威信を増し、裕福になると、なんだか腹が立ってくる。そういう心理があるんじゃないかな。(189p)
内田:アメリカの場合、日本研究に資源を投じたのは、日本がリスクファクターだったからでしょう。80年代まで、日本はアメリカにとってパートナーであると同時にリスク要因でもあったわけですよ。それが日本が衰退してきて、リスクではなくなった。(略)でも今みたいな政権だとこの先何かのはずみでアメリカを面倒な自体に引きずり込むリスクが有る。(191p)
白井:(安倍首相の様々な行動の)動機はやっぱり米に対する愛憎でしょう。日本の対米従属の特殊性で、天皇制が代替になってしまったところからこれは派生している。国際関係にも友好や敵対というムードがあるけれども(略)日本から見た対アメリカとの関係は、愛憎という形でずっと形成されてきた。今その振れ幅が大きくなっているということだと思うんですよね。これだけ振れ幅が大きいのは、別れる寸前のカップルみたいなものです。(210p)
内田:属国的状況からの離脱という政治目的だけに限定すれば、日本がアメリカの51番目の州になるというのが一番効率的なソリューションなんです。(略)日本人1億3000万がアメリカ人になるんですよ。アメリカの人口は今3億ちょっとですから、日本人だけで全人口の30%に達する。(略)日本州を制した候補者じゃないと大統領になれないということになったら、もう世界政治に対して日本人が直接関与できるわけですよね。(219p )