あっという間に読めますし、面白いのですが、いや、いや、…が、ではなく、面白いです(笑)。
一年にわたる新聞連載の単行本化なんですね。
それぞれは全く関係のない3つ、3ヶ所の話と、ある事件を捜査する刑事の話の4つが、入れ代わり立ち代わり語られていきます。そのせいなのか、読み始めてしばらくは、あれ?誰だっけ?といった感じで集中力が途切れたりします。
連載だからなのか、意識的に、こういう幾つかの物語を平行して書く手法を取り入れているのか、ここ最近読んだ三作品もほぼ同じような手法で書かれています。
新聞の連載小説は読んだことがないのですが、週一くらいですか? まさか毎日ではないとは思いますが、それにしても、一年、ひとつの物語を書き続けるってのもすごいですね。
執筆期間一年というのは取り立てて長いわけではないと思いますが、発表しつつですから、推敲ってことができないじゃないですか。あるいは、書き上げてしまってから、発表とか? どうなんでしょう?
それはともかく、吉田修一さんっぽさが充満しています。
いくつかあるのですが、まず、タイトルは「怒り」とあり、物語は、冒頭で語られる「理由なき殺人」の得体のしれない「怒り」が軸となって進むのかと思われますが、その後、最後までその「怒り」が語られることはなく、むしろ、この作品の中に充満しているのは「優しさ」です。
人が人のことを思う、その「優しさ」です。
ただ、多くの場合、優しさというものは非対称ですので、そこに疑いや不満がうまれ、結局、この作品のテーマである「信じる」ことの難しさみたいなことにつながっていきます。
つまり、吉田修一さんっぽいというのは、「悪い人間」「悪意のある人間」が出てこないということです。別に、偉そうに批判しようということではないのですが、多分、そうした人間は書けないのでしょう。ほとんどの作品を読んでいますが、「悪意ある人間」が描かれたためしはありません。「悪人」でさえそうです。
多くの場合、登場人物は何らかの理由により社会の中に居場所が見つけられない人間であり、それゆえ、苦悩したり、脱出しようとしたりともがくわけで、そのもがきが「悪意」に変わることは決してなく、むしろ、さらに傷つく場合がほとんどで、人はそれでも生きていくしかないのだと終わります。
この作品も、殺人に至る「怒り」の正体は全く明らかにされませんし、その犯人もあっけなく死んでしまいます。
以下、映画の俳優名を入れてざっと物語を書いてみようと思います。ネタバレなしでいってみましょう。
千葉の物語では、高校時代の心の傷のせいで居場所を見つけられずに家出を繰り返す愛子(宮崎あおい)、その娘の幸せを願いながらも信じ切れずに思い悩む父親洋平(渡辺謙)、そこに現れる田代(松山ケンイチ)は無口で真面目そうですが、ワケありで素性を隠しているために殺人犯と疑われ物語は進みます。
このパートは洋平のモノローグ的な描写が中心となっており、親子関係が主たるテーマになっています。
東京の(多分)一流企業(広告代理店だったかな?)に勤める優馬(妻夫木聡)は、ゲイであることをカムアウトはしていませんが、ゲイパーティーやゲイクラブに出入りしたりして自由に生きています。ある日ハッテン場で出会った直人(綾野剛)を自分のマンションに連れ帰りますが、不思議と気が合い、そのまま一緒に暮らすようになります。優馬は次第に直人に愛情を抱き始めますが、やはり素性を明かさぬ直人を強盗か、殺人犯かと疑い始め、それがきっかけで、自由に生きてきたつもりの自分が一番ゲイであることを隠そうとし、バレることを恐れていたのではないかと悩み始めます。
このパートでも、優馬の母の病と死の話を絡めつつ、ゲイであることで落ち着く場所がないと思い込んでしまっていた優馬の、関係性という意味での家族がテーマだろうと思います。
高校生の泉(広瀬すず)は、母の男関係のゆるさが原因で、二度三度と夜逃げのような引っ越しを繰り返し、今は母とともに沖縄の離島で暮らしています。ただ、根っからの明るさで島の同級生辰哉(佐久本宝)とも親しくなり、楽しく暮らしています。ある日、辰哉が連れて行ってくれた無人島でバックパッカーらしき田中(森山未來)と出会い、その不思議な魅力にひきつけられます。そして、ある事件を契機に三人の関係にもずれが生まれ、やはり素性のしれない田中への疑いが生まれます。
このパートのテーマははっきりしていませんが、泉が自分に降りかかった悪夢の出来事を乗り越えていくうえでの人の優しさとは何かということでしょう。
ということで、殺人事件の犯人探しという意味ではあっけなく終わってしまいますが、この3つの物語と犯人を追う刑事北見の孤独の物語は、例によってそれぞれの描写はスカスカなんですが(笑)、吉田修一さんらしく不思議と情感豊かなビジュアルが広がる小説なのです。
ということは、映画に乞うご期待! ということになるのでしょうが、まあ例によって原作を読んで見た映画に満足などできるわけもなく、正直このキャスティングを見ても、もうこりゃダメでしょう(すみません)と思うわけです(笑)。