2026年元旦の犬山城

2026年の元旦、国宝犬山城へ行ってきました。

名鉄犬山駅〜犬山城

名鉄犬山駅西口、2026年元旦10時50分くらいです。名古屋から名鉄犬山線で30分くらいです。

犬山城は犬山駅から徒歩20分くらい、犬山駅西口からまっすぐに進みますと歩道も狭く歩きにくいですので裏道に入ったほうがいいです。

お城からまっすぐ南に下る本町通りに出ました。犬山城が見えます。思ったよりも人が多いですし、お店も以前来たときよりも増えています。正月でも休んでいないですね。

この道路、車も通行可能です。規制すればいいのにと思いますがそうもいかないんでしょう。

どこからお城に向かえばいいのか分からなくなります。鳥居は三光稲荷神社、ここかなと入りますと行列が出来ていますのでおかしいなと思いましたら参拝の人で、この神社の左側がお城に向かう正規ルートでした。

これですね。

帰りに表示がありましたが、ここが枡形になっています。

犬山城天守に到着です。

国宝犬山城四階まで

犬山城天守の構造

さすが国宝、階段が無茶苦茶急です。まあ居住空間ではありませんので使いやすくする必要もないのでしょう。

木曽川です。

二階だったと思います。お城の骨組みの模型があります。今は上るために並んでいますので下りるときに見てみましょう。

二階から三階、急な階段の上に梁に頭がぶつかりそうです。

四階廻り縁からの見晴らし

四階、廻り縁に出ました。係の方が床が斜めに下がっていますので気をつけてください、手すりにはもたれないようにと注意喚起されていました。さらに建築法違反ですが国宝ですから許されていますとおっしゃっていました。手すりの高さのことです。

南向きです。これからぐるりと一周します。

南西くらいでしょう、右端の川は木曽川です。

西向き、ライン大橋です。濃尾用水の取水用の可動堰です。

北西向き、遠くに見える正面の山は金華山、山頂は岐阜城です。その向こうに雪山が見えます。クリックして拡大しますとそれらしき感じはわかります。

北向きです。

北東、犬山橋です。

東です。左端に犬山成田山、大本山成田山名古屋別院大聖寺が見えます。

一周してきました。東南向きだったと思います。

お城の正面、天守へ入る人たちの列です。私はすぐに入ることが出来ましたが今は15分、20分くらいでしょうか、天守から出て帰る頃には60分くらいになっていました。

犬山城の内部

四階から三階への階段は交互通行ですので並んで待っているときには壁に掲示されているものを見る時間があります。

犬山城の江戸時代の城主は尾張徳川家家老の成瀬家が代々つとめていましたが、それ以前の城主が掲示されています。

国宝指定書がありました。昭和27年(1952年)3月29日となっています。ただし、これは戦後に法律が「文化財保護法」に変わったために再指定された年月で、最初に指定されたのは昭和10年(1935年)5月13日、当時の「国宝保存法」にもとづいて国宝と指定されています。

三階以下の階段は上下通行ですが、狭い上に急ですので手すりを使わないとこわいです。

国宝五城、松江城、姫路城、犬山城、彦根城、松本城です。

二階の武具の間には犬山城の骨格模型がありました。

一階の「上段の間」ここだけ畳敷きになっており殿様が使う部屋とのことです。

外観三重、内部四階地下二階とあります。地下というのは現代の建物のような地上から穴を掘ったものではなく石垣の内部のことを言うらしいです。

「石垣の中二階付」とありますね。犬山城は「望楼型天守」と言い、二階建ての入母屋造の上に望楼が乗っかった構造ということです。

内部から見る石垣です。地下一階ということになるんでしょうか。

この石垣の中が地下になるということですね。

2026年元旦の犬山城

確かに手前に勾配のある屋根が二層になっている入母屋造の建物の上に望楼が乗っかった構造になっています。

犬山城

犬山城の向かいのお店で味噌煮込みを食べて帰りました。うどんではなくきしめんでした。