「大きなハードルと小さなハードル」の中の一編。この重い話を青春ものにできるのは佐藤泰志さんくらいではないか。
こうである。28歳の高橋君は、今は文子と暮らしている。
高橋君は、最近まで、三年と八ヶ月、美智子という女と暮らしていた。美智子は、高橋君の高校の同級生丸山の妻であり、二人の間には京一という息子がいる。丸山と高橋君は、高校卒業後一緒に東京へ出て、その後も親しい友人である。その頃に知り合った美智子とは3人で遊んだ仲である。結婚後数年して、丸山は別に女が出来、出て行ってしまった。その後、高橋君と美智子は一緒に暮らすことになった。京一からは「高橋君」と呼ばれる関係である。
なぜ、美智子と別れ、というより、一緒に暮らすことをやめただけといった感じなのだが、その理由は語られず、また、なぜ文子と一緒に暮らすようになったかも分からない。美智子と文子は、お互いにその存在を知っており、高橋君は文子の前で美智子に電話をしたりする。
そして文子だが、かなりきつい。文子は、高校生(中学?)の時、兄と性的関係を持ち、兄の子を妊娠し、両親の意志で無理矢理堕胎させられている。高橋君はそれを知っており、二人の間で語られる場面がある。そのあたりの二人の描写は、熱いようでもあり冷めているようでもあり、痛いようでもあり優しいようでもある。読んでいただくしかない。
「文子と結婚したいと思っている」
「本気にするわよ」
「しろよ」
これだけ取り出すといわゆるプロポーズだが、その前後は凄まじい。文子の体調が悪く、熱もあり、吐いたりする中で場面は進んでいく。
文子の兄のことも語られる。父親は兄を何日も何日も殴り続け、あげくに精神病院へ入れてしまう。と、文子が語る。
「僕らは結婚するんだ。文子は子供を産み、僕は働く」
「美智子さんはわたしが兄と寝たことを知っているかしら、兄の恋人だということを知っているかしら」
1985年の作品のようだが、もう誰もこんな重い話を書きもしなくなった時代だ。そろそろ、悩んだり苦しんだりすることがカッコ悪い時代がやってくる頃だ。