随分ご無沙汰している吉田修一を続けざまに2冊読みました。
相当エンタテイメントに走ってます。まあ週刊誌(週刊朝日)連載の単行本化なので仕方なのでしょうが、もう少し突っ込んだ話を書いて欲しいですね。って、それは吉田修一的じゃない?
内容は、わざわざここに書くような話でもないです(笑)が、まあ面白いですし、読みやすいですし、あっという間に読めてしまいます。と言っても、手が抜かれている感じは全くなく、結構丁寧に書かれています。
それにしても、吉田修一には、絶対「悪人」は書けませんね。書名ではなく、言葉通りの悪人(悪人)ということですが、この「平成猿蟹合戦図」の登場人物たち、たとえヤクザであっても、裏社会の政治ゴロであっても、皆心優しき人間ばかりです。それが物足りなくも、吉田修一の持ち味なんでしょうが…。
売れっ子ということでしょうか、こちらも週刊誌連載みたいです。
書き出しは、幼児殺害事件が主題かと思わせますが、それは、本来の主題である集団レイプ事件の被害者と加害者が一緒に暮らす隣の家に、物語を進めていく役割である記者の注意を引かせるための仕掛けで、話が本題に移ってからは、ほとんど幼児殺害事件の話は出てきません。この扱いってどうなんでしょう? ちょっと気になります。
表現が適当かどうかは迷うところですが、こちらもエンタテイメント性が強く、相当ドラマチックなつくりになっています。大学の野球部時代に集団レイプという犯罪を犯した加害者とその被害者が十数年後の今、社会から隠れるように一緒に暮らしているという、あり得ないだろうけれども、男目線の妄想としてはあり得るかもしれないという、そんな話です。
なぜそういうことがあり得るのかということは、それが主題なのですから読んでいただくしかないのですが、被害者の言葉にこんなのがあります。
ひとつは、初めて再会した時に加害者に向かっていう言葉。
「許して欲しいなら、死んでよ」
そして、一緒に暮らし始める頃の言葉。
「どうしてもあなたが許せない。私が死んで、あなたが幸せになるのなら、私は絶対死にたくない。あなたが死んで、あなたの苦しみがなくなるのなら、私はけっしてあなたを死なせない。だから私は死にもしないし、あなたの前から消えない。だって私がいなくなれば、私はあなたをゆるしたことになってしまうから。」
男目線的には、これ以上ないくらい、被害者の心情を表現できているのではないかと思いますが、被害者目線としてはどうなんでしょう? これも、やはり、男目線の妄想ではないのかとも思います。
題材的には、佐藤泰志的なものを感じ、男妄想的には村上春樹的なものを感じる一編でした。