(画像は表現の不自由展・その後(A23) | あいちトリエンナーレ2019)
これは素晴らしいニュースです。
「表現の不自由展・その後」の実行委員会が展示の再開を求めて仮処分を申請していた裁判で和解が成立しました。
和解内容は「10月6~8日に再開することを前提に協議を進める」ということのようです。
まだ正式決定ではありませんが、それでもこういった政治的理由で中止に追い込まれたものが再開される方向で動き出したということはかなり重要です。
これまでにも行政主催の講演会などが抗議によって中止に追い込まれた事例というのは数多いのですが、いったん中止されたものが再開された例というのはないのではないかと思います。もちろん講演会は一回、展覧会は長期ということもありますが、公益性を求められるものは抗議に弱く、それを跳ね返すのは相当パワーが必要になります。
今回の場合もほとんど無理だろうと思っていました。そもそも公務員事業ですからかえって中止になってホッとしているんじゃないかと思ったくらいです。
でも、頑張りましたね。作家たちの抗議の姿勢が一番大きかったのではないかと思います。12組(正確な数字ではない)の作家たちが展示取り下げや抗議の意思表示の変更をしているという異常事態です。それに、文化庁の補助金交付取り消しもかえって再開への力になったのかも知れません。
いずれにしても公益性が求められるものであるからこそ、そこにどんな主張があるかを展示するしないの判断材料にしてはいけないです。そもそもアートは見る者がその作品を判断すればいいことです。もちろん、展覧会にかかわらず何でもそうですが、公開されるものには公開しようとしたものの意思が働いているという前提は忘れてはいけません。それも含めて見たものが判断すればいいことです。
おそらく、河村市長や萩生田文科大臣や電凸する人たちには何をどう話してもわからないでしょうが、いろんなことを知らなくちゃだめですよ。自分の知らないことがあるんじゃないかと謙虚になって見てみたらどう。
そもそも、「平和の少女像」にしても、大浦信行さんの「遠近を抱えて PartII」にしても誰も侮辱などしていません。
我々が知っていることは知らされている範囲でしか知らないというのは絶対的な真理です。