「#検察庁法改正に抗議します」のハッシュタグを最初に発信した「笛美」さんの…と書いてキーボードを打つ指が止まってしまいました。この本は、なんて表現すればいいんでしょう? もちろん小説ではありませんし、んー、著作ですかね。
と、出版元の「亜紀書房」を見てみましたら「エッセイ」となっていました。
22歳の女性がフェミに目覚めるまで
「笛美」さんというのはもちろんペンネームですし、多分、本名も素性もまったく明かしていないのではないかと思います。「笛美」のネーミングはフェミニズムからとった「ふえみ」とのことです。
ですので、このエッセイは、広告会社に就職した笛美さん、新卒で入社したとして22歳の笛美さんが、広告クリエイターとして認められようと懸命に働くも、経験を重ねるごとに自分の置かれている状態に違和感や疑問を感じ始め、ある時、インターとして海外へ研修に出たことで突然すべてがクリアになったという経緯が自分語りとして綴られていきます。
その違和感や疑問とは、当然のように行われるセクハラ、パワハラ(対女性特定の)や女性蔑視、そして、そうした男性目線の社会規範を女性自らが受け入れることでしか社会的ポジションを得られないというジレンマです。
それは笛美さん自身の人生設計にもおよび、結婚し子どもを生むことが女性の社会的役割であるかのように思い込まされ婚活にいそしむことになります。
そしてちょうど本の中ごろになりますが、笛美さんは気づきます。それらすべての違和感や疑問の原因は必然としてあるものではなく、現在の社会システムが男性社会であるがゆえに感じられる違和感であり疑問であると、そしてまた、それは自分が女性であるがゆえに感じられるものであることに気づきます。
笛美さんがそのことに気づくのは、F国(フィンランドか? フェミニズムのFか?)にインターンとして研修に行ったことからです。
- 本当のワークライフバランス
- 広告における本当の多様性、男女平等
- 日常生活に浸透しているジェンダー観
などなど、笛美さんは、決して日本にいては気づけなかったことを肌で感じたということです。
そして、それを笛美さんは『ぜんぶ運命だったんかい』と逆説的(多分、そのつもりだと思うが…)にいうのです。
もちろん、それは「運命でも何でもなく」、社会システムによってもたらされているものだということです。
笛美、フェミニストを宣言する
それが前半、そして後半は、海外での経験からそれまで見えなかったものが見え始め、しかし帰国して見る現実の日本は変わることなく相変わらずの見えない抑圧構造に悶々としつつ、笛美さんは自ら学ぶことでその壁を破ろうとします。
- 男社会の掟に気づく
- フェミニズムを学ぶ
- 「輝く女性」の嘘に気づく
そして、笛美さんは「あ、私フェミニストですよ〜(笑)」と、声に出して言い、もっと早く言えばよかったと思うのです。
Noと言える自分
自分を社会に適応させることに注力することから、社会と自分との関係はどうあるべきかを学び、自分の考えを社会に反映させることに力を注ぐことを考え始めた人間はとても強いです。
Noと言うことはとても勇気がいり、その反応には消耗させられることが多いのですが、いったん気づいた人間はそんじょそこらのことではへこたれません。
そして、笛美さんは「#検察庁法改正に抗議します」のハッシュタグを発信します。もちろん、これがあの大きなうねりとなり、実際に廃案となることを、願ってはいても実現するとは思っていなかったということだと思います。
これはエッセイか?
ということで、男女問わず20代から30代の人で今の自分の置かれている立場に違和感のある人にはとてもいい本かと思います。
具体的なことがたくさん書かれています。
ただ、文体が「思っていました」とか「……でした」といった日記帳で書かれており、エッセイと思って読みますと、ん? とちょっと戸惑うかもしれません。
フェミニズムの超入門書かと思います。