安壇美緒著『イオラと地上に散らばる光』、このタイトルですので新聞の書評を読まなければまず手にすることもなかったと思います。今どきのネット小説か漫画のようなタイトルです。
ワンオペ育児のイオラの影もなく…
書評の何に興味をそそられたかも思い出せないまま読んだのですが、多分、ワンオペ育児を強いられている妻が夫の上司を刺して逮捕されたという事件を題材にしていますのでその点だったんだろうと思います。上司を刺したわけはワンオペ育児の原因は夫に長時間労働をさせている上司にあると思いつめたということです。その女性の名前が威愛羅(イオラ)ということなんですが、その後の『地上に散らばる光』が何を指しているのかはよくわかりません。
という、ワンオペ育児がテーマかと読み進んではみたものの、そもそもイオラは登場しませんし、記述スタイルとしては章ごとにそれぞれ三人の人物が一人称記述で語る手法で、ワンオペ育児やイオラ事件そのものが深く掘り下げられているわけではありませんでした。
小説の軸となっているのは人というよりも、むしろ Agora というツイッター( X )みたいな SNS といったほうがいいかも知れません。
三人のうちの一人目はフリーターで Agora でなにか事件を知ればその場に駆けつけたり、芸能人の張り込みをしたりする男のデニーズ君、二人目は人物としては軸といえば軸ともいえる岩永、大手新聞社がやっているリスキーというネットメディアの編集者です。
デニーズ君は芸能人の張り込みをしているときに岩永に声をかけられて使いっぱしりをやることになり、イオラ事件の際には現場に行って写真を岩永に送ります。岩永はその写真を使い、
ワンオペ育児女性による衝撃的な死傷事件「彼女は私だ」SNS で同情が広がったワケとは?
との記事をリスキーに上げ、Agora にもツイート(ポスト…)します。岩永の目論見通りイオラ事件はバズり、リスキーも PV を稼ぐということになります。
暴力が上から下に流れていくだけ、とは?
イオラ事件は模倣犯を生み出します。これも詳細はほとんど語られず、岩永が「彼女は私だ」と煽ったからというところに焦点を当てて(はいないんだけれども…)います。
当てているけれども当てていないというのはどういうことかと言いますと、岩永のもとにイオラの同級生を名乗る女性からメールが入り話がしたいと言ってきます。岩永は炎上に注げる油が手に入るかも知れないと会ってみますと、その女性は模倣犯が出たのは岩永の記事が原因だと思うと岩永を責め始めます。
その頃ネットではイオラに共感する投稿(つまり「イオラは私だ」…)とアンチが入り乱れて大炎上しているということです。必然的にイオラ本人が標的にされることになり、同級生の女性はそうなった大もとは岩永の記事にあると考えたということです。
おそらくこの女性が語っているあたりが著者の本心じゃないかと思います。ただ残念なことにこのシーンでも何もはっきりさせることなく曖昧に終えています。女性は最後に、
萩尾さん(イオラのこと…)の犯罪を正当化するつもりはありません。だけど、暴力っていうものは基本的に上から下に流れていくだけなんですよね。いろんなケースを調べるうちに、そういうシステムが見えてきました。急な坂道を流れていく、雨水みたいな感じです。どんどんどんどん、弱い人に向かって暴力のバトンが渡されていって、ある日、いきなり萩尾さんの手元にもそれがやってきたんじゃないのかと私は考えました。だとしたら、もう、次の道筋は見えている。
と言い、さらに続けようとするのですが、岩永に「それくらいにしておきましょうか」と遮られて終わっているのです。
結局、著者自身にこの後を続ける言葉がないということですし、そもそもイオラ事件や岩永の煽り記事を非難する論理としてこの「暴力が上から下に流れていくだけ」ということがぴったりきている感じがしません。それに「次の道筋」って何なんでしょう。
この小説は全体としてこんな感じです。なにか書きたいことはあるように感じますが、それを表現し切れていないということで、そうなりますと結局現実に起きていることの後追い以上のものは生まれないということです。
女性に巣くったミソジニー?
とにかく、一人称で記述されるもう一人の三人目です。ワンオペ育児に疲弊した女性の一人称で語られます。夫をキヨと呼ぶ岩永(清志郎…)の妻 Ryoko です。
育児に疲弊している状態の記述もありますが、むしろそれよりも社会が女性に強いる妻となることのレールにはまってしまった自分を呪っているような感じです。
岩永の妻もイオラとなるかも知れないことを匂わせる意図だとはおもいますが、これも煮えきらないんです。結局、このパートもワンオペ育児から焦点がずれて、AI にこんなことを語りかけます。
これから私の話すことに返事をして。批判なしに受け止めて。
私が語ることを理解して。私をどうにか励まして。人類の英知でもって、私に巣くったミソジニーから私を開放して欲しい。
AI はしばらく育児は大変だねと慰めるように語りかけ、そして突然、こんなニュースがあるよとイオラ事件の記事を表示します。Ryoko はそういう刺激を目にしたくないと言いながら、興味を示し事件の詳細を知ります。
そして「それって長時間労働が原因なの?」と言い、そうじゃなく、本当は夫が逃げているだけと本音を語り始めます。
二人だけの時は仕事があってもうまく抜けてきていたのに今はしない、産休をとった私にお前はいいよな、俺には社会から求められていることがあると言い、私がもう無理と言おうものなら、覚悟がないなら子どもを産むな、ヒスる女はそもそも低能、稼いできた旦那に感謝が足りないなどと言いそう。
引用しますと長いですので要約ですがこんな本音を語っています。
そして、その時、岩永は相変わらず炎上で PV を稼げるネタ探しをしている最後の章で終わります。
光ではなく話が散らばっている…
ワンオペ育児の原因はミソジニーにあると言っているようです。
たしかにそれはあるとは思いますが、小説という創作物はそれを理屈として言い放つのではなく、その状況、ワンオペ育児にしてもミソジニーにしても、極めて個別な、この小説で言えば、キヨと Ryoko の生きた生活の中で描き出し、読む者の心に染み入る表現として提示するべき表現形態です。
文章はうまいと思いますが読むものの心を動かすところまではいっていないということかと思います。
何にしても話が散らばりすぎて作品としてまとまりを欠いています。
