村田沙耶香著『コンビニ人間』この小説に批判性はあるのだろうか…

5年前の芥川賞受賞作をなぜ今頃ということなんですが、受賞時、それ以前に「タダイマトビラ」という作品を読んおり、その書き出しには惹きつけるものがありながら、結局、観念世界から一歩も出ることなく、率直なところかなり幼い印象で終わってしまったことからスルーしてしまったということです。

で、今回手に取ったのは、ネット記事か何かで村田沙耶香さんが海外でも注目されているという記事を読んだ記憶があり、え?なぜだろう?とずっと気になっており、図書館でふっと目に入ったわけです。

コンビニ人間

村田沙耶香著『コンビニ人間』

漫画的? アニメ的? リアル世界のファンタジー 

やっぱりこの『コンビニ人間』も一貫して観念的でした。

それに漫画的といいますか、アニメ的といいますか、(漫画を)読みもしなく(アニメを)見もしないのに言うのもなんですが、リアル世界のファンタジーって感じがします。

ただ、社会と個人との断絶感はとても強く感じます。それが極端に強調されていますのでファンタジーに感じるということかと思います。

ネタバレあらすじ

前半

古倉恵子、36歳。大学生のときに始めたアルバイトのまま、18年間コンビニの店員を続けています。

前半はコンビニ以外の描写はありません。コンビニというシステム(よく知らないけど)の中でいかに自分が機能的に動き、そのことに価値を見出し、最も自分らしく振る舞えるかが一人称で語られていきます。

また、自分の話し方についても、他の店員の口調を真似る(吸収する)ことで自分が成り立っているとも語っています。

古倉には、これが現実であれば普通(?)想像されるであろう敗北感、挫折感、劣等感、孤立感、断絶間、絶望感といったマイナスイメージの感情は一切ありません。むしろ生き生きしています。

つまり、古倉はあるシステムの中のいち歯車として生きることで自己が保たれている存在ということです。上に書いたようなマイナスイメージ自体が存在しない人物、それを普通というのであれば、古倉は普通ではない人物として(小説の)最後まで一貫して進んでいきます。

その普通ではない具体例が子どもの頃のエピソードとして語られます。

幼稚園児のころ、公園で死んでいる小鳥を見つけ、母親に「これ、食べよう」と言ったところ、母親にもまわりの子どもや母親たちにも全く理解されず、逆に、かわいそうでしょ、埋めてあげてお花を供えましょと言う母親のことが理解できず、さらに「せっかく死んでいるのに」と言って周りを驚かせていたということです。

また小学生の時には、男の子がけんかをしていて誰かが「止めて!」と叫んだのでスコップで男の子を殴って止めたことがあり、実際にケンカを止めたのになぜいけなかったのかがわからなかったともいいます。

そうしたことから「皆の真似をするか、誰かの指示に従うか、どちらかにして、自ら動くのは一切やめた」ということです。つまり、コンビニというシステムの中で決められたことをやっていれば周りを驚かせることもなく社会の中で生きていけると判断したということになります。

一般的価値観で言えば完全に矛盾しています。あえて社会に順応するために自分の意志を殺して生きることを選んだとすれば、この古倉のように生き生きと生きることは難しいでしょう。死んだ小鳥を「これ、食べよう」と言い、それを否定されることが理解できなかった古倉の自意識は無意識下に押し込められ、いずれ爆発するというのがこれまでの小説だったということになります。

さて、この「コンビニ人間」ではどうなるのだろうということで後半です。

後半

後半になりますと、そんな古倉に波乱が起きます。前半のコンビニ描写の中で登場していた新人アルバイトの白羽という男との関係の描写になります。白羽はすぐにアルバイトを辞めています。

白羽は古倉の無意識下に閉じ込められたエスと考えれば理解しやすいと思います。厳密な精神分析学の話ではありませんが、古倉が無意識下に閉じ込めてきた本能的なものが白羽であり、後半は古倉の中の意識と無意識の戦いとなっています。

白羽は、社会から男性として求められることや35歳という年齢から求められるふさわしさを一切拒否しています。コンビニでアルバイトを始めたのはその生き方を可能とするための婚活だとうそぶいている人物です。つまり食べさせてくれる女性を求めているということです。

まあ、かなり下世話な人物ではありますが、基本的には社会に適応できない人物であり、それを自ら認め、それを隠さず生きようとしている点においては古倉と裏表の関係にあると考えられます。

ある日、古倉はコンビニの外ですでに辞めている白羽を見つけます。アルバイトをしていたときに目をつけた女性客をストーカーしているのです。白羽は「この世界は異物を認めない。僕はずっとそれに苦しんできたんだ」と言ってのけます。

古倉は白羽を家につれて帰り、そのまま住まわせます。

住まわせると言っても普通(?)に考えられる人間関係は一切ありません。あるのはかみ合わない会話とご飯と茹でただけの野菜を与えるだけです。ただ、白羽と暮らしているということから古倉自身に対する周りの反応が変わります。それまで社会生活を営めない姉だと心配してきた妹はやっと(病気が)治ったと大喜びですし、不思議ちゃんとして一定の距離をおいて付き合ってきたコンビニの店員や店長たちも、これまでは仕事の話しかしてこなかったのに馴れ馴れしくプライベートに立ち入ってくるようになります。

古倉にはコンビニのシステムが崩壊し始めているように感じられます。とにかく古倉には周りの人間たちの行為が不思議でなりません。

コンビニのアルバイトを辞めます。店長たちは古倉が結婚すると思い込んで喜んでいます。家に戻れば白羽が古倉の就職のために求人をチェックしています。

古倉が不調をきたし始めます。時間の感覚がなくなり、いつ起きていつ寝ていいのかわからなくなります。押し入れに籠もりっぱなしになります。

一ヶ月後、白羽が見つけてきた面接に行くことになります。18年間コンビニのアルバイトを続けてきた古倉には面接自体が初めてです。

電車を降り立った古倉の前にコンビニがあります。引き込まれるようにコンビニに入った古倉はまるでそこの店員であるかのように動き始めます。売れ筋商品を並び替え、客にいらっしゃいませと声を掛け、商品を補充し、アルバイト店員に指示を出しています。店員は本社の社員と思っているようです。

気づいた白羽が「何をしているんだ」とやってきます。

私は人間である以上にコンビニ店員なんです。私はコンビニ店員という動物なんです。

「そんなことは許されないんだ! 絶対に後悔するぞ!」と言って白羽は去っていきます。

私はふと、コンビニの窓ガラスに映る自分の姿を眺めた。この手も足も、コンビニのために存在していると思うと、ガラスの中の自分が、初めて、意味のある生き物に思えた。 

結局、古倉恵子は社会に順応(したふりを)していち歯車として生きる道を選んだということでしょう。

我々のようにということか… 

つまり、古倉は我々のことということなんでしょうか。

そうだとして、そこに批判性があるのかどうかがよくわかりません。ただ、思いつくままに書いているようにもみえ、それが幼さを感じる原因になっているんだろうと思います。

ただ、そう見える自分に、あるいはマンスプレイニング的なところがあるかもしてないとやや不安を感じつつ…。

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