実石沙枝子著『マッドのイカれた青春』

文章のキレがいいですし、ときどき意表をついたことをしますし、そんなこんなで読みやすくておもしろい小説です。ただ、物語自体は少女漫画的です。

ネタバレあらすじ

ルッキズムをテーマにした青春ものです。青春時代というのは最も友達関係を求める時期ですし、また、青春時代に限らず人はまず視覚によって相手を判断しますのでルッキズムから逃れるのはなかなか難しいことです。

マッド(MAD)こと槙島朱里ダイアナ(Makishima Akari Diana)の高校時代3年間をめぐる物語が、本人ではなく同級生たち5人によって語られる小説です。正確に言いますと、語られるのはマッドその人のことではなく、マッドという存在を介にして同級生たちに起きる心の変化です。

それぞれ5人にとって、またマッド本人にとっても青春というものは苦しいものであり、けれどもそれは忘れがたい記憶になるという話です。

季子とマッド

ひとり目は季子です。高校一年生の最初の登校日、自らの容姿に劣等感を持ち、中学時代にその容姿ゆえに蔑まれた(と本人は思い込んでいる…)季子は、高校生活の三年間、誰にも関わられないよう皆が引くであろう電波系占いキャラでやり過ごし、友達などつくろうとしないでおこうと考えています。

その季子の前にマッドが現れます。

彼女は、栗色の長い髪を背中にさらりと流していた。ソフトボールみたいに顔が小さい。色素の薄いばっちりとした瞳は、その顔の半分を占めるのではと思うほどに大きく輝いている。どこかを着崩しているわけでもないのに、制服の絶妙にださい水色のシャツが不思議なくらいオシャレに見える。たぶん、手足が細長くて、体のどこにも無駄がないからだ。わたしは、幼稚園のころにお気に入りだったリカちゃん人形を思い出した。彼女は、等身大リカちゃん人形だった。

その瞬間、「平凡な容姿と並べても欠点が目立つわたし」と自認する季子はこの人には関わっちゃいけないと警戒し、電波系占いキャラを発動します。しかし、マッドは引くどころか屈託のない表情で楽しそうに話しかけてきます。

そして二人は親友になります。しばらくは疑心暗鬼の季子ですが、マッドは友達になろうという幾多の誘いを断り、体育の授業でも季子をパートナーに選び、昼の弁当も必ず一緒に食べようと言ってきます。つまり、マッドは誰もが目をとめてしまうその容姿ゆえに、逆の意味で同じようにルッキズムのターゲットにされてしまう季子に「なんか、あたしと同じにおいがするんだよね」と言い、助けを求めているのです。

でも季子にとってはそう簡単ではありません。季子の心は揺れ動きます。このパートは季子の迷いと決断が語られていくパートです。

そして事件が起きます。マッドは、一緒に弁当を食べようと誘ってきた同級生を、それが自分を利用しようとしているだけだと見抜いて断ります。同級生はマッドや季子をからかいます。マッドは同級生の顔面を殴り前歯を2本折ってしまいます。

マッドは10日間の停学処分を受けます。その後の学級会で季子は堂々と自分の意見を述べてマッドを擁護します。

わたしを含め、ここにいる全員が醜いよ。美しいのはマッドだけ。(略)彼女が美しいのは、嘘がなくて、正直で、揺るぎなくまっすぐで、自分をよく見せようと思わないからだよ。マッドがあなたたちに興味がないのは、あなたたちがマッドの入れ物にしか興味がないって、誰よりもわかってるからなんじゃないの!?

季子はやってしまったと思いつつもこれまでにない充実感を感じます。

幹生と美澄

ふたり目はマッドと中学が同じだった幹生の話です。冬休み、同級生だけでなく上級生までもがマッドにデートの誘いをするもあっけなく撃沈です。幹生は学習塾の冬季講習でマッドと同じクラスになります。この機会にと思い近い席に座り、親しくなろうとします。

しかし、幹生の思いは他の男子生徒たちとはちょっと違います。そもそも幹生は相貌失認であり、マッドの容姿を顔全体として認識できておらず、他の男子生徒たちが可愛いと言うからそう判断しているだけなのです。これは相貌失認とは違うような気もしますがとにかく、幹生はマッドと親しくなることが高校生活を生き抜くために正解だろうと判断しているようです。

そうしたまわりの価値基準に流されている幹生に変化が起きます。冬季講習で小学校の同級生美澄と出会い、親しく話をするようになります。美澄は男子生徒たちがマッドと親しくなることをマッドチャレンジなどと言っていることを醜いと言います。幹生は美澄と気が合い、そして好きだと思うようになり、すっかりマッドのことは頭の中から消えてしまいます。

幹生は美澄の容姿を気にすることなく、ただ気が合い、話していて楽しいと感じています。

静夢と瑞穂

3人目はマッドと中学で同級生だった静夢の話です。高校2年でしょうか、夏休みのバイトで同じく中学で同級生だった瑞穂と一緒になります。このパートはほぼ中学時代のフラッシュバックです。

静夢は自分は可愛いものと思って中学に入ったもののマッドを目の前にしてその自信が崩れ去ります。ただ、その気持ちがいわゆる嫉妬に変わることはなく友だちになりたいと思うようになります。しかし、優柔不断なのか、マッドに反感を持つ隣の席の瑞穂に引きずられるようになります。

中学時代、マッドは虐めにあっていたのです。おそらくシカトじゃないかと思いますが、その虐めの中心にいたのが静夢だと思われていたのです。静夢が語るには張本人は瑞穂であり、瑞穂が静夢が中心人物であるかのように言いふらしていたと語っています。

私はこのパート、最後にひっくり返るのではないかと思いながら読んでいました(笑)。

かすかにそうした気配も漂うのですが、小説の現在であるバイト先の話として、瑞穂が静夢は中学時代にいじめていたと陰口を言うシーンやバイト先の大学生が静夢に瑞穂には気をつけたほうがいいよと忠告するシーンを入れたりしています。ただ、その大学生の忠告も静夢に接近するためのものじゃないかと思われる節もあります。

中学時代、静夢は最後にマッドに会い、ごめんなさいと謝ります。マッドは、なにが? 何もしていないのなら迂闊に謝らないほうがいいよと言って去っていきます。

このパートでは最後に静夢が自分はマッドのことを何も知らないのに顔だけ見ていたと気づくシーンを入れています。虐められていても堂々としたマッドという人物を際立たせるという目的もあるのでしょうが、おそらく客観的には静夢もいじめに加担していたということだと思います。

そうしたことが曖昧になっており、このパートは全体としてかなり中途半端です。

優恵とマッド

4人目は高校2年にマッドと同じクラスになった優恵の話です。優恵の母は中林という男の援助でスナックをやっています。母子家庭であり、金銭的に裕福というわけにはいきません。優恵は本好きであり、note に書評を書いています。note の投稿にスキ(note はいいねではなくスキらしい…)がつくとうれしく思い、さらに読者から有料にしたらの勧めがあり、試しに有料にしてみたら買ってくれる人もいて、それが自信になっていきます。note への投稿は優恵の心の居場所ということです。

優恵は週に一度母親の店を手伝います。いつも中林が来ており必ずお小遣いのように1万円くれます。この中林は優恵の母親を愛人として囲っているというかなりステレオタイプな人物に描かれています。

もうひとり、必ず茶碗蒸しを食べていく大学の先生で翻訳家でもある男性の記述があります。茶碗蒸し先生は痩せ型でいつもよれよれのスーツを着て指紋のついたちょっと歪んだ眼鏡をしています。すでに季子のパートでマッドの父親が大学の先生と紹介されていますのでこの男性がそうだとわかります。ただそのことに大きな意味はなく、優恵が大学進学するために奨学金のアドバイスをしてくれるだけです。

事件が起きます。インスタに投稿されたマッドへの街頭インタビューのような投稿がバズります。それはまたたく間に広がり、X にも波及して、最初はその容姿を褒めそやしていたものがアンチへと変化し、学校が特定されて大騒ぎになります。マッドの両親が学校に呼び出され、マッドはしばらく登校しなくなります。

文化祭です。昨年までは他の学校への宣伝もしたりと自由な文化祭でしたが、今年は外部者立ち入り禁止、家族もひとりまでとなり、あまり盛り上がらない文化祭になってしまいます。その最終日、優恵が図書室に行きますとマッドがひとりで本を読んでいます。

文化祭の話になり、マッドは会う人みんなあんたのせいでこうなったと言っているような気がしてずっと季子と生徒会室にいたと言います。そして、自分の言葉では言えないんだけどさと続け、スマホを出し、ぼそっと、

怒るのも悲しむのも筋違いな、腹の底で渦を巻くだけのものが、わたしを蝕んでいる

とつぶやきます。

えっ、と声には出しませんが優恵は驚きます。その言葉は自分が note に書いたものなのです。さらにマッドは「ときどき読んでる読書ブログみたいなやつに書いてあった言葉なんだ。(略)そのブログに書いてある言葉って、わかるわーの連続なんだよ。(略)頭に染み渡るの」と続けます。マッドは優恵の note の読者であり、有料にすることを勧めたのはマッドだったのです。

この後はマッドが、バズった街頭インタビューはヤラセで騙されたとか、可愛いと言われることについての本音であるとか、かなり雄弁に語るシーンになります。著者が意図してのことではないとは思いますが、マッドのミステリアスさが消えて一般人になります(笑)。

優恵はマッドが語るその姿をさらに美しいと感じ、しかし美しいと思うことがマッドを傷つけることだと思いその場を逃げるように立ち去ります。そして、マッドは腹の底で渦巻く感情のことを「悔しさ」だと言ったけれど、「わたしたちは怒ってもいいんじゃないか。悲しんで、泣き喚いたっていいんじゃないか」と強く思います。

ここは著者の本音でしょうね。

忍とマッド

最後の5人目は小学校からの幼馴染の忍です。忍は小学3年生の時に転向してきてマッドと出会います。家がマッドと近いこともあり、またその気さくさですぐに親しくなります。

槙島朱里ダイアナって、頭文字で略すとマッドだね

マッドと名付けたのは忍だったのです。意外にもマッドはそのあだ名を気に入り、それ以降自らマッドを名乗ります。忍はその後もマッドと同じ中学、高校と進み、幼馴染ということで特別なポジションを得ます。忍にとってはとても楽なポジションなんですが、あまりいい意味とは言えないあだ名をつけてしまったことからマッドを守らなくっちゃという気持ちだったと言っています。

という忍とマッドの高校3年間も終わり、マッドが東京に旅立つ日です。マッドは東京の私立大学、忍は地元の大学へ進学します。

このパートは忘れがたき青春というかなり感傷的パートになっています。マッドとあだ名をつけたのが忍だという話もそのひとつですし、卒業式での季子の答辞は著者にもかなり力が入っているようです。

季子は型通りの答辞を述べたあと、マッドを見つめて思いのたけを語ります。「三年前、十五歳の私は、大きなコンプレックスを抱えてイチコーの門をくぐりました」と始め、友だちはつくらないと決めていたけれどもかけがえのない友だちと出会い、一生忘れることのない特別な時を過ごすことができたと語ります。

季子のマッドへの、そして青春へのラブレターは続きます。

視野が狭く浅はかなわたしたちは、人間をうわべの情報だけで決めつけて生きています。(略)本質も真実も、まったく見ようとしないのです。そういう愚か者の一人だったわたしは、入学当時やそれ以前の自分を、ずっと孤独だと思っていました。しかし、あなたや自分の内側と向き合う三年間を終えた今、これからのほうが孤独だと確信しています。あたたかな居場所を離れ、新たな荒波の中に漕ぎ出して、隣りにいない人や過ぎ去った日々を思うことこそが、きっと本当の孤独なのです。つまりわたしたちはみな、永遠に孤独から逃れられず、だからこそ孤独な者同士、寄り添いあえるのだと思います。わたしに孤独を教えてくれて、本当にありがとう。

著者の本音ダダ漏れですね(笑)。

忍は季子の答辞を聞きながら過去を振り返り、幼馴染であだ名の名付け親であるという関係があったからこそマッドのそばに居続けることができたわけで、きっとこの関係を懐かしく思い出す未来があるんだろうと、季子の答辞を聞きながら思うのです。

別れの日、忍は取ったばかりの免許で軽トラを運転しマッドを駅まで送り、そしてマッドからのたってのお願いだからホームまで来てと言われ、うれしく思いながら見送るのです。

引用しませんが(笑)、相当に感傷的な文章でこのパートを終えています。

その後、エピローグとして、東京の学生会館に着いたマッドの新しい人生の始まりが5ページほどあります。

感想:物語は少女漫画っぽいかな

実石沙枝子さん、ウィキペディアによれば現在30歳の方です。

最初にも書きましたがテンポよく軽快に進みますので読みやすいです。この『マッドのイカれた青春』を読んだだけの話ですが、日記体で一人称視点の記述をしていくのが得意なんだろうと思います。客観描写はほとんどありません。

会話文も地の文と同じように軽快なやり取りで進みますが、ただ会話文でも、たとえば一部引用した季子の答辞はある種の主張ということになりますが、なぜか他の部分に比べてゴツゴツしています。推敲に推敲を重ねて逆に流れが悪くなってしまったのかもしれません(適当な想像です…)。

で、最初に書いた少女漫画っぽいということですが、そもそも少女漫画というものを読んだことがありませんので(笑)、いい加減かつ直感的なものであり、少女漫画の言葉が浮かんだのはマッドの父親の描写を読んで何かで目にしたことがある絵が浮かんじゃったんですね。

もう本が手元にありませんので正確ではありませんが、大学の先生で翻訳家という知的な人物という設定、スナックに来て必ず茶碗蒸しを食べていくという風変わりさ、痩せ型でいつもよれよれのスーツを着て指紋のついたちょっと歪んだ眼鏡をしているという風貌、そして何よりもまわりに害を与えない善良な男性という人物像です。

少女漫画にそうした人物が登場するのかどうかも適当な話ですが、もうひとりの成人男性である中林が昭和的(平成もかな…)ステレオタイプな人物となっているのもそう感じた理由ではあります。

で、少女漫画を読んだことがないのにこんなことを書いてもと思い Gemini に「少女漫画の物語の特徴」を聞いてみました。

びっくり! すべて当たってるじゃないですか!

長くなりますので引用はしません。

ということで、この小説、映画化すればいいんじゃないのと思います。