今年2026年上半期の芥川賞受賞作です。受賞を知り『家庭用安心坑夫』『猿の戴冠式』、そしてこの『ゾンビ回収婦』と3冊続けざまに読んできましたが、これで最後になりそうです(ゴメン…)。
現実世界では AI に仕事を奪われ…
とにかくどの小説も文章力は大したものです。マシンガントークという言葉がありますが、それを活字にしたみたいな文章です。ですのでとても疲れます。
3作品とも脳内妄想のようなシーンが多く、現実感は薄いです。特にこの『ゾンビ回収婦』は全編脳内妄想シーンと言ってもいいくらいです。
AI のせいで解雇された夫婦のうちの妻の話です。
夫婦同時に解雇されます。妻は怒っていますが、夫は「ぼくらこれからの人生、もう働かなくていいってこと…なのかなあ」といたってのんびり、挙げ句の果てに「ほんとうにやりたかったことを、ぼくらははじめればいいんじゃない!」と言い、翌朝「しばらくのあいだ、演奏旅行にでてきまーす!!」と書き置きを残していなくなってしまいます。
ひとりになった妻は、ふと何者でもない自分に気づきます。仕事と夫をなくし、友人もいつの間にやらいなくなり、仕事がなくなれば出かける必要もなく、趣味という趣味もなく、
気づけば、会社にわたしという存在のほとんどすべてを明け渡してしまっていた。わたしの大部分はとうの昔に、この社会に接収されていたのだ。
と気付きます。
ここまでわずか10数ページ、現実世界はここまでです(笑)。後は夫の VR ヘッドセットを見つけて試しに装着してみれば、いきなり始まったゲーム空間に引きずり込まれ、ゾンビ回収婦となって最後まで働き続けるのです。本当に最後、小説の最後までゲーム空間のままなんです。二度と現実世界には戻ってくることはありません。
VR 空間ではゾンビ回収婦となり…
これまでの多くの小説ですと、仕事を失ってというパターンであればその後の展開は重苦しいものになるのが一般的だと思いますがこの小説は違います。
ああ、なにもないと気づいたその瞬間、妻の頭の中に流れる曲は
であり、その後ヘッドセットを装着するや、あたらしい意識に目覚めてそのままゲームに没入してしまうのです。
そして、VR 空間でのゾンビ回収婦としての仕事ぶりが最後まで描かれることになります。
もうここからは読んでいても私の頭の中には入ってきません。情景が浮かんでこないんです。ですので読み飛ばしです(ゴメン…)。ただ、そんな私にも分かることがあります。
妻はゲームのプレイヤーではないんです。そもそもゲームがどういう設定なのかわかりませんが、妻はゾンビを倒したりするわけではなく、プレイヤーに倒されたゾンビの手や足を拾って回収していくだけなのです。
言うなれば、それは現実世界の仕事とまったく同じものなのです。
おそらくこれがこの小説のテーマだと思われます。
そして、人は現幻の境をさまよい続ける
読み飛ばしながらもページをめくっていきますと、VR 空間の記述の中にも時々現実世界が顔をのぞかせてくることがわかります。VR 世界に没入した妻は、現幻の境が曖昧になり、そのこと自体が現実か VR 空間か曖昧なまま寝食を忘れてやせ細り、自らがゾンビと一体化して、そこにある指を拾い、それが自らの指であるかも知れないと知りながら、
働かざるもの、食うべからず
と思うのです。ホントかあ(笑)。よくわかりません。
最後の数ページは読解不能です。おそらく、書いている著者自身がトランス状態にあるのでしょう。言葉に酔う、小砂川チトさんはそういう作家なんだろうと思います。
突如、これはダメ、あれもダメと社会規範の名を借りた固定観念の押しつけやタトゥーのように自分に貼り付けられたステレオタイプなレッテルへの呪いの言葉が飛び出したりし、そしてラスト、ゲームソフト「プラグの抜かれた丘」の住人となった自分自身が、あの日あの時、VR ゴーブルを装着してこの世界にヘリコプターで舞い降りた自分自身を見るのです。
ホントかあ(笑)。本当によくわからない小説です。
感想:文は巧みで饒舌だが…
結局、独特ではあるけれども、やはり現実との接点が薄い物語は心に残りません。
前2冊を読み、なんとか『家庭用安心坑夫』は書けたのですが『猿の戴冠式』は下書きのまま終わりそうです。
